Side T SS

SS/testplay

両足を投げ出したまま、習慣だろう背筋は伸ばして、珍しくひとことも発せずに綾那がテレビを凝視していた。
かぶりつきでお気に入りの番組に見いっているなんてことがあるわけがない。
本日の虎の獲物は、ゲームに興味がなくったって日本中の誰でもニュースで見かけてタイトルくらいは知っている有名ロールプレイングゲーム。
ベッドの上から傍観しているのにも飽きた順は、上半身だけ乗り出して真下にいる綾那に手を伸ばした。
かろうじて指先が髪に触れる。

 …反応なし、か…

一点集中、綾那の反応はまったくなし。
「つまんねー」の愚痴は飲み込んだ。
はしごの一番上に足をひっかけて、よぃしょ、と逆さにぶらさがろうとした。
順が体を伸ばすのを待っていたように綾那が体を後ろに倒し、綾那の後頭部が順の顔面にヒットした。
派手な音を立てて順が床に落ちたというのに、

「髪、じゃま」

綾那は背後で痛みに悶えている順を振り返りもせずに言い放った。

「ぅう、ひどい…」
「からむな。一人で遊べ。今日中にクリアしなきゃいけないんだ」
「何、それ」

発売日に都合よく頭の痛くなった綾那の後ろから、進行形で痛い頭を抱えた順がテレビを見上げた。
痛むのは頭だけではない、床で打った全身が痛い。
それこそ獲物を狙う獣のごとき集中力で、綾那は普段の3倍は速く、そして的確にコマンドを選択していく。
システムを理解していない順にしてみれば、綾那が何をしているのか本当に目に止まらない。

「出たばっかりなんでしょ?」
「だから、今日、売らなきゃいけないんだ! あと3時間、邪魔するな!」
「は?」
「今日まで定価買取なんだっ」
「はあ?」

何をいいたいのか、理解するまでに時間がかかった。かかったけれども、順はもう尋ねないことにした。
これ以上よけいなことを言ったらクリアと同時に「邪魔をした」と釘バットで場外へ飛ばされそうだ。
だからこれ以上の質問はあとまわし。

「かまえ」
「うるさい」
「邪魔しないからさー」
「存在が邪魔だ。出てけ。そのまま帰ってくるな。」
「ぅわ、さすがに傷つく」

ようやく痛みが引いた体を起こして順は綾那のすぐ後ろに座り込んだ。
触れるとあとが(いろいろと)大変なので、10数センチの距離を置く。
当の綾那がうざいだのなんだのと騒がないのは、しすぎなくらいにゲームに集中しているせいだ。
イベントシーンで綾那が息をついたのを見計らって、後ろから抱き寄せた。
ちょうど胸の辺りに頭を抱える格好になる。

「いいクッションでしょー」
「なんとでもしろ、忙しい」

ここまで徹底的に流されると絡むだけむなしい。
相変わらず、綾那はテレビを睨んだままで、コントローラーを操る指先が動きを止めることもない。
大人しく抱きすくめられてくれただけよしとするべきか。
順は自問してみたが、むなしいことに変わりはなかった。
かわりはないけれど、仕方がない。
忍耐だったら、たぶん、自信がある。
結局、きっちり3時間。順はそのままじっと耐えた。

「終わったーっ」

エンディングが流れ始めるとようやく綾那が体を起こした。起こしたというより、跳ね起きた。
跳ね起きて両手を突き上げて天井を仰いで喜んだ。
スタッフロールに見向きはせず、電源を落としもせず、おもむろに綾那は立ち上がった。

「売りに行く、行くでしょ?」
「い、行くっ」

差し出された手をつかんでしまってから、われに返った。
目的を成し遂げた綾那の、とんでもなく上機嫌なめったにお目にかかれないだろう極上の笑顔にどこかしらを撃ち抜かれた気さえする。
ぐらぐらする眩暈と動揺をごまかしたくて、

「いいの?」

順は画面を指差して聞いてみた。

「あー、エンディングのあとに、イベントあるから。見たら出かける。」
「…そんなんでいいんだ…」
「いいの。くだらなかろーと、つまらなかろーと、話題作をクリアしておくのはあたしらの義務。」

 どんな人たちのどんな義務よ…。

なぜか勝ち誇った笑顔の綾那が投げてよこした自分のジャケットを受け止めながら、現実引き戻された順はため息も飲み込んでいた。


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