口ずさむのは 


寝転がった窓から空が見えた。青かった。
だからどうしたというわけでもない。それだけ。
青い中を白い鳥が飛んで行く。種類はよくわからないけど、それが窓から見えた。
息が寒さであの鳥と同じ色になる。私は少し笑った。
「何か見えたんですか?」
隣で横たわったままの彼に、私は振り返った。
別に大したことじゃなかったけれど、この人には何でも言葉にしてしまう自分がどこかにいる。その部分は嫌いではないけど好きでもなかった。いつも他人と接すると私が相手の言葉を聞く方で、心の内をあまり公にはしないタイプだからだろうか。
寒いから、少しだけ寄って抱えてもらう。
「鳥が飛んでただけです。」
そう言ってその腕に小さくうずくまった。
ストーブを焚いていても部屋はなかなか暖まらない。だから二人で暖を取る。私が言い出したことだった。窓を開けたのも私だった。寒いのは嫌だけど冬の空気が好きで、換気の意味もあったから。
「空を飛んでみたいと思うのは・・・」
頭の上で話し出す口。私は見上げた。
「人間が空を飛びたいと思うのはどうしてだと思いますか?」
よくわからなかった。さっきの鳥のことから話は広がったのだろう。だけど、彼の待つ明確な答えがわからず、私は何も言わずにただ見るだけだった。
「飛べないからですよ。」
簡単な言葉だったが、どこか意味のあるもののようにも聞こえた。
私を見つめると優しく頭を撫でてくれる。まるで子供をあやすように。
「そういうことです。」
それだけ言うと、体を起こしてシャツを羽織る。私も起きた。そして彼のシャツのボタンを止めながら、さっきの言葉の意味を考えてみる。
上からボタンを締めていくと、ひとつボタンが取れてしまっていてない箇所があった。
付けてあげようと思ってスペアのボタンの在処を聞くけど、ないと言う。
「今度買ってきます。」
ボタンがないから買ってくる。ないから手に入れる。
ストーブの上のやかんか湯気を出し始めた。それを合図に彼は寝床を立ち上がる。
「コーヒーでいいですか?」
私は頷くだけして、もう一度横たわった。
目に入ってくるのは空。
耳に残っているのは言葉。
「そういうことです。」
そういうことなのだ。彼にとっても、そしてたぶん私にとっても。
香るのはコーヒー。
肌に触れるのは冬の空気。
口ずさむのは誰かの名前・・・

2003/03/02
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