外の熱 

仰向けに寝転がると、長い髪の毛が広がった。
隣でその束を救うと、口元に持っていく。かけがえのないように、優しく扱う。
「綺麗ですね、美幸さんの髪。」
言葉の主を、美幸は見上げた。
その顔はどこか愁いを帯びたものだった。眼鏡越しの目が、悲しげだった。
美幸はその眼鏡を取ってやる。直に見る瞳は、一層悲しみを称えていた。だから今度は自分にかけてみる。度の合わないそれは、頭を不思議な気分にさせた。
上は下に、右は左に逆しまに。過去と今もよくわからない。
眼鏡が美幸に見せたのは、本田の顔。過去を見ている彼の顔だった。
だけど知らない振りをする。いつも彼がするように。
眼鏡を枕元に置くと、その手を自分を見下ろす男の首に回す。
いたずらっぽく笑ってみせると、わざと聞いてみる。
「私のことが見えますか?」
本田はゆっくりと、額がつくかつかないかの所まで顔を近づけると、笑った。
「見えます。」
そして美幸の向こうにある自分の眼鏡を取ると、体を起こしてしまった。眼鏡をかけ直し、もう一度美幸の方を見る。さっきの過去を見る目ではない。
両肘を着いて上半身を起こすと、美幸は膝を抱えた。目の前の壁に向かって。
外はいやに静かだった。
少し冷えるからと石油ストーブに火をつけると、その上にやかんを置く。
「焼き芋でもしましょうか。」
美幸が何も答えないままでいるから、台所へ行ってアルミホイルとさつまいもを持ってくる。そして言葉を交わさないまま、アルミホイルでサツマイモを巻くと、ストーブに乗せた。
「何を見ているんです?」
その言葉に心が戸惑う。だけど一生懸命に隠す。何も、と平然として、そして笑顔を浮かべて本田の隣に行く。ストーブの暖は、少しずつだが部屋を暖めていった。
隣にいる人と違う人を思い浮かべるのは、互いに同じだった。口には出さなくても、何となくわかっていた気でいた。その上で、知らない振りをして離れずにいる。
それでもいいと思っていたから。傷ついてもいいと思ったから。傷つけてもいいと思ったから。
ストーブの火は、二人の体の表面だけを熱くする。いつしか外では雪が降りていた。

2003/03/02
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