見 聞 

 自分の父親が変わり者だと言われていないはずはないと思っていたが、自分はそれほど気にしていないつもりだった。
 が、さすがに驚いた。
 その日、世間のニュースは新幹線の居眠り運転一色だった。学校帰り、商店街の電気屋が表に向けているテレビでそれを知った。難しいことはわからなかった。ただ、居眠り運転があった、ということだけはわかった。
 うちに帰り小さな冷蔵庫に残ったもので夕飯をしつらえて、父親の帰りを待っていたが、珍しく階段を駆け上がる音が聞こえ、勢いよく玄関が開いた。何がそんなに嬉しかったのか、小躍りするようにうちに飛び込んできた。
「おかえりな…」
 いい終わる前にただいまも言わず奥の部屋に引っ込んでしまった。
「どうしたの?」
「すごいぞ、うん、すごかったぞ」
 何か、面白いものでも見かけたらしい。着替えもそこそこに買って帰った新聞を広げながら、嬉しそうに繰り返している。
 それでも、ここまで喜ぶものを見かけたというのは自分の記憶にはない。勝手に熱中して、勝手に己の肥えにして、勝手に手放しているから実際、ほとんど見かけることがない。
「見たか、ニュース」
「…帰りにちょっとだけ見た。新幹線が出てくるやつ」
「あれは、すごいニュースだぞ」
 あまりに嬉しそうに言うものだから他に何かあったのかと思ってしまった。
「まったくの無人で、あれだけ正確にあれだけの速度のものを一定範囲内に停止させるシステムが正常に動作していたというのは大変なことなんだ」
 不謹慎だとかそういうことは、微塵も考えてはいないだろう。
 実に無邪気に、その技術が発揮された事実を喜んでいる。
 言われてみれば、そういったシステムが存在していたとしても、それが正常に動作することを目にする機会はない。動作してみたら有名無実のものだったというニュースだって珍しくない。
「…お父さん」
 言いたいことがいっぺんに湧き上がり、そのままの勢いで全て消えた。
「…ごはん、できてる…」
 父親が、変わり者だと、いわれていないはずはないと、思っていた、筈だった。嫌いでもないしそういう人だと思ってはいたけれど、ここまでだとは知らなかった。
 きっと明日から雑誌やら新聞やらを片っ端からかき集めて情報収集に没頭するのだろう。
 人災という言葉はまだしらなかったが、かすかに残るニュースの記憶をたどるかぎりでは、父の期待するような情報が目に見える場所に流れるとは思えなかった。
 世の中には色々な人がいると言われるけれど、きっとその「色々」という言葉の中にはじき出される人のうちに自分の父親が含まるであろうことを感じずにはいられない、春の日の事件だった。

2003/03/03
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