かん 

 世の中とはそんなものだったのかと、今更しったことがいくつかあった。そういえば、クリスマスだのといったイベント事は、海外にでていたときの方が、皆熱心だった。それでもよそのものの自分にしてみれば、まったくとは言えないまでも関係のない話だったし、興味もなかった。
 けれども、定住を決めてから事情が少しずつ変わってきた。不思議なほど、勤め先の住人とそこに関わるほとんどの人間が、世間のイベントを律義にこなしていた。時々はめをはずしている気もするが、中途半端なまね事よりは見ていて気分が悪くない。
 そんなわけで、今日、狭い台所は娘とその友達が占拠し、それが終わるまで当分、夕飯はお預けの様だった。
 もともと古びたアパートのこと、流しの高さが低いのにくわえ、この家のこの空間をしきっているのはまもなく二度目の進級を迎えようという娘なのだ。火の扱いが云々などと面倒なことを言うものもない。食卓用の椅子をコンロのそばまでよせて、ついさっき、自分に刻ませたチョコを、湯煎に掛けていた。Zapper のメンツとクラスの友達に配るのだと行って、仕事帰りに買い物に引きずり出されたのは、昨日のことだ。
 遊びに行ったり来たりで向こうの親御さんの信用をすでに勝ち取っていたりと、大人ばかりにかこまれて幼少を過ごし多少の心配はしてはいたが、年相応とはいかないまでもなんのかんのと要領良くこの一年も過ごしてきたようだ。
 自宅に居場所がない気がして、とりあえず外に出ることにした。
「散歩、してくる」
「迷子にならないでね」
 それを聞いて真帆が吹き出したけれど、うなずいただけで、うちを出た。何度か前科があるだけに分が悪い。負けるとわかっている勝負に手を出すのはたとえその相手が娘であってもささいなことでも気に障る。
 木のサンダルをひっかけて、アパートの前の細い道を通りに背を向けて歩き出した。待っていたところで夕飯の支度が始まるのはずっと先だろうし、それまでに甘い匂いだけですっかり満腹になってしまいそうだった。
 以前見かけて、ようやく正確に道を覚えたところに、公園があった。その途中にコンビニがあるから、時々飲みに出かけていた。わざわざそれだけのために時間をかけて繁華街へ出る気もなかったし、ゆっくりと静かにのめる店に心当たりもなく、軽くいっぱいというのなら自分にとってはその公園のベンチで十分だった。
 コンビニに入っても、入口にいちばん近いディスプレイには明日のイベントのために用意されていたチョコが、淋しく売れ残っていた。夕方の配達で追加されるとも思えないし、明日には何割か割り引かれてカゴに放り込まれ、何もなかったように別のものがこのスペースを埋めるのだろうことは見て取れた。彼自身は気にもとめてはいないだろうが、その狭い空間は、きっと来月のためのイベントの小物で再び埋められることになるはずだ。
 よくもここまで全員が全員、同じことに夢中になれるものだとあきれながら、一番奥の酒の棚の前にたどり着いた。そして座り込みたいような目まいのような、ともあれがっくりと力の抜ける疲労感に襲われた。
 それは青色の焼酎の瓶だった。
 手をとりあってダンスに興じる男女の姿が、簡略化して描かれている。瓶の首のところに小さな袋でハート型の包みがいくつかリボンでくくり付けられていた。
 さすがにイベントの内容を知らないわけではないから、そこまでなら、呆れはしても諦めは付いた。
 けれどもその名前のまずさに呆れはて脱力し何もかも捨てやりたい気分になって、ついそれをレジに運んで店員の失笑を買った。
 この量の焼酎なら消費できる当てならあったが、果たしてこれをみた彼女はどんな反応をするだろう。何よりイベントとしてのタイミングはしっかりひと月ずれ込んでいる。心にもないことをと、笑い飛ばされるだろうか。
 寝酒にでもするか。
 それには少し強すぎる気もしたが、今更返品するわけにもいかず、ビニール袋を下げた手をポケットに突っ込み自宅へ向かって今来た道を戻り始めた。
 おそらく明日、娘と職場とそれから酒瓶のおまけとで多少の量になるであろうチョコを肴に教わったばかりのコーヒー焼酎でも入れてみるかとため息を一つ。この寒空の下、この寒々とした名前の酒で、暖をとろうとする自分に苦笑いした。

 あなたに麦酎

 果たしてこの企画を挙げたほうも通した方も、自分より多少は歳上であってほしいと願わずにはいられない37歳の冬であった。

<03/02/23>
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