独  白 

 小学校の中学年頃だったと思う。
 滅多に風邪などひかないあたしが、珍しく熱を出した。
 気付いたのは学校に行ってからだった。今思えば、学校で拾ったという気もしないではない。
 その日は父が休みだった。平日のどまんなかの不定休だから、そんなことは滅多にない。
 滅多にないことを先生の方も知っていたから、ここぞとばかりに早退させてくれた。
 本来なら感謝するべきだ。
 この日、あたしは帰るべきではなかった。
 言い出したからには言い切るけれど。
 父に女がいるなどと、その日その時まで、考えたこともなかった。
 思いついてたとしたら、そんな小学生もどうかと思う。
 具体的に何かを見たわけじゃないが、それらしいことは見た。
 帰ったら、玄関の鍵が開いていた。
 父のことだ、それくらいは大目に見た。
 玄関に知らない女性ものの靴があった。
 心当たりがあるから、気にしなかった。
 その上で、開いている戸の向こう側に自分の知らない女物の服が脱ぎ散らかしてあったらいくら知識がなくったってこれ以上前に進んじゃいけないと思う筈だ。
 結局、あたしは学校へ戻って父が急な仕事でうちをあけてしまっていたから放課後まで休ませてくれと嘘をつき、それが原因だろう、風邪をこじらせて二日ばかり寝込むはめになった。
 そんな日は大人しく下校時刻まで保健室で寝ていようとその日に決めた。
 知らない人じゃないんだろうなぁという以上は、考えないことにした。
 身内びいきじゃないけれど、すでに十年を数えるというのに、あのおっさん…もとい、父は母を忘れちゃいない。あたしと並ぶか、しのぐような負けず嫌いのあの人が、それほど熱心に思い上げた人のことに関心がないような素振りを見せられるわけがない。
 歳うんぬんをさっぴいても、恋愛みたいな恋愛じゃないという確信はある。
 だので、あたしの中でその人の定義は「愛人」というやつに落ち着いた。
 恋人よりやっかいだろうけれど、恋人ほどの害はない。そんなものを考えていたら、そんな単語しか思いつかなかった。
 どれくらいやっかいかといえば。
 あたしにとっても都合がいい。
 家事一切から開放された上、外泊しても父が飢え死にする心配をしなくていい。休息日だ。
 別にべったりの親子じゃない。どちらかといえば勝手なことばかりしている。許すとか、許さないとかも考えたことがない。
 だから、あたしに都合がいいのなら、それはそれで問題ない。
 それがこの十年弱の時間の中であたしが感じた結論だ。
 どうやらそれがトラウマに類するものだということに、人に言われるまで気付かなかったのは幸せだと思うことにする。

2003/11/22
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